ベートーヴェン 交響曲第3番『英雄』 ティーレマン / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

  1. 2013/03/27(水) 11:34:51|
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2009年のライブ録音。2008年から2009年に録音された全集から。



全般的には、対位法の立体感より、サウンドのブレンド感とか量感の変化で聴かせようとしていてるみたい。
第一楽章あたりは展開に即してテンポや調子が頻繁に切り替えられる。抑揚を演出するために、造形を崩すことを厭わない(もっとも、崩す程度はほどほど)。第四楽章は、対位法の線的な連動の妙より、重層的な音響で盛り上げて行く。

前世紀までの独墺系の先達たちが磨き上げてきた、ロマンティックで大ぶりなベートーヴェン像。そういう流儀に連なる演奏と言えそう。



音楽を揺さぶっているけれど、聴き手を煽る風ではない。アンサンブルの美観と秩序の優先度がすこぶる高いようだ。豪快とか、没入とか、燃焼みたいな形容はそぐわなさそう。統制され、磨かれた音楽と感じられる。
また、起伏の大きさとか、彫りの深さより、スムーズな流れを重視しているように聴こえる。ドラマティックというのではない。
その意味で、この演奏のロマンティックな意匠は、流儀とか作法としてやっているような感じ。聴きようによっては、お約束的というか段取り的。

個人的には、提示される作品像の新鮮味は乏しく、啓発される(作品についての気づきとか)ところはなかったけれど、伝統芸能の世界だから、継承されることの意義というのもあると思う。



各パートを肉厚かつ伸びやかに響かせ、それらを丁寧にブレンドして、総体として厚くて広がりのある響きを生み出している。
量感はあるけれど、サウンドイメージは明解で濁らず、威圧感や重苦しさを感じさせない。音のだぶつきが機動性を鈍らせることもない。

前世紀までの独墺系のテイストを継承しているけれど、ローカル色に依存することなく、普遍的に洗練されたサウンドを響かせている、と思う。

この演奏の聴き所は、作品解釈よりティーレマンのオーケストラを鳴らす手腕かもしれない。

ベートーヴェン 交響曲第3番『英雄』 オーマンディ / フィラデルフィア管弦楽団

  1. 2012/11/04(日) 11:00:33|
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1962年のセッション録音。ディテールの鮮明さはさほどではないけれど、演奏空間を感じさせる録音。総体としての響きが豊かで、演奏の方向性と合っている。乾いた質感は録音の特性なのか、演奏自体がそうなのか。



典雅で落ち着いた『英雄』交響曲。
オーマンディというと華やかなサウンドを連想しがちだけど、少なくともこれはそういう感じはしない。
落ち着いていて、どこかおとなっぽい。大きな身振りの表現やドラマ仕立ての演出なんてものは、表面的な"ウケ狙い"でしかないのだよ、とでも言うように。



各パートの音の出し方は軽く、俊敏にニュアンスの変化を描き出していく。金管なんかも軽くて柔軟。
雄渾な第一楽章や、荘厳な第二楽章でも、生々しい調子を帯びることはない。能面風ではなく、むしろ一拍毎に鋭敏にニュアンスを変化させているけれど、変化は一定の幅にとどまっている。表現の幅が狭いというより、穏やかな心持ちで、ベートーヴェンの書法の機微を味わおうとするがごとく。

繊細と言えるくらいに細やかだけど、オーケストラの編成で調整しているのか、総体としての響きは豊か。ほどよい量感を保っている。ホールの音響特性も関係しているのだろう。開放感があって、神経質な雰囲気は皆無。
というか、この繊細感と豊かさのバランスが、独特の気品と上質感を醸し出している。



オーマンディはフレーズの扱いに格別な旨味を聴かせる指揮者と思う。曲線的に伸びやかに歌い回しながら、陰陽のニュアンスをスムーズに描き出す。
『英雄』交響曲の前半の2つの楽章は、ベートーヴェンにしては息の長いフレーズが多用されるから、オーマンディの旨味が活きる。英雄的でも悲劇的でもないけれど、純粋にフレーズの伸びやかな流れが心地よい。
それによって、活き活きとしたリズムの後半2楽章とのコントラストが引き立つ。

オーマンディが聴かせるアンサンブルは、音が密接に結合しているような密度感は乏しく、それぞれの音が秩序を保ちながらのびのびと舞っているような感じ。実は、秩序は厳密なのだけど、聴き手にそのことを気取らせない。
後半2楽章の、非現世的なのどかさは、曲調に合っているかはともかく、心地よい。



おそらく、楽曲のイメージにそぐわないと見なされやすい演奏なのだろう。でも、楽曲の前向きな曲想と、オーマンディの肯定的な持ち味はいい感じにシンクロしていると思う。


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ベートーヴェン 交響曲第3番『英雄』 テンシュテット / ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

  1. 2012/10/14(日) 18:07:03|
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1991年ライヴ録音。

ドラマ的に音楽を推移・展開させること、楽曲の書法を自在に精妙に響かせることが、テンシュテットの目につく特徴と思う。
(おそらく)一般的な作品イメージに近い形で、緩急、強弱、剛柔の変化を施してくるので、わかりやすい質の音楽をやる指揮者と思う。
一方、興奮や大きな身振りはあるけれど、サウンドの乱れや濁りを最小限度に止め、むしろ管弦楽を精妙に響かせることで、音楽に陰影をもたらす。

このベートーヴェンの演奏は喉頭癌発症以後のもので、やはりドラマ的な語り口調だけど、ライブ録音に期待されがちな熱気はなくて、むしろクールで陰影を漂わせる。聴衆を煽るより、己れの美学を結実させるべく一心に楽曲に向かっているような。
管弦楽の自在なさばきが顕著で、オーケストラのキャラは渋いけれど、アンサンブルは磨かれていて精妙。ただ緻密というだけではなく、手が込んでいて配合の具合は絶妙。
オーケストラのではなく、指揮者のヴィルトオジティというものを感じさせる点で、テンシュテットの価値ある記録と思う。

ただし、その手腕が英雄交響曲をおもしろく聴かせる上でどのくらい有効なのかというと、微妙なところ。

テンシュテットのマーラーがおもしろいのは、彼のドラマ的な設計によって長大で多様過ぎる楽曲がわかりやすく整理されることと、マーラーの入り組んだオーケストレーションのおかげで、テンシュテットの(オーケストラを響かせることに関しての)技巧の冴えが際立つからと思う。

一方、英雄交響曲はというと、比較的規模の大きな交響曲だけど、作品構成はもともと明解。
また、ベートーヴェンのオーケストレーションは、ちゃんと音楽にするのは難しいそうだけど、テンシュテットのヴィルトオジティをきらめかせるような派手な仕様にはなっていない(現代人の耳からすると)。
しかるべき力感とかスケール感を持ちあわせた演奏ではあるけれど、精妙な表現に向ける指揮者の強い執着は演奏全体に浸透していて、そのような質感は聴き手が英雄交響曲に求めるものとすれ違いやすいような気がする。


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ベートーヴェン 交響曲第3番『英雄』 クレンペラー / フィルハーモニア管弦楽団 (1960)

  1. 2012/10/11(木) 21:28:38|
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1960年、ウィーンでのライブ録音。モノラルで、音質は鮮明かつ安定しているけれど、高音、低音とも伸びていない。響きのスケール感を感じ取りにくい。

聴衆の興奮を煽るより、一音たりともゆるがせにしないで、克明にガッチリと大ぶりな音楽を構築していく。自分たちが正統的なベートーヴェンの表現者であることを見せつけるかのように(何が正統かはともかく)。

こういうスタンスの演奏だと、対向配置を活かした立体的な音響を堪能できるステレオ録音で聴きたい。モノラル録音であっても、せめて音の広がりを感じることができれば・・・というところ。

この指揮者らしくゴツい音楽だけど、角張った感触はそんなに強くない。リズムの刻みやフレージングに心持ち柔らかさを覚える(この指揮者にしては)。ウィーンの聴衆を意識した味付けなのか、ホールの音響の具合なのか、録音による錯角なのか判然としないけれど。

覇気は十分だけど、テクスチュアとかアーティキュレーションの明解さを犯さないようにコントロールされている。
そのせいか、パワーで聴き手を圧倒しよう、という感じを受けない。これも録音の影響次第ではあるけれど・・・

数あるクレンペラーの『英雄』の中にあって、この第4楽章はとりわけ印象深い。この楽章はダイナミックな変奏曲だけど、クレンペラーの表現がスバスバと決まって気持ちいい。変奏のひとつひとつがいつも以上に雄弁に聴こえる。
深い呼吸で、急がず焦らずの構えだけど、締まりと切れがある。そこに、幾分かのしなやかさが加わって、表現の幅が増しているように感じられる。
気宇の大きさと克明さ親密さを併せ持った、この指揮者独特の雄弁なアンサンブルに引き込まれる。


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ベートーヴェン 交響曲第3番『英雄』 クレンペラー / ベルリン放送交響楽団

  1. 2011/12/24(土) 13:00:00|
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1958年のライブ録音。モノラル録音。

auditeというレーベルが、ベルリンRIAS(RIASはアメリカ軍占領地区放送局の略称らしい)収録の音源をシリーズとして順次リリースしている。既出の演奏が多いようだけど、正規音源を使用していることが売りらしい。

過去に「20世紀の偉大な指揮者たち(GREAT CONDUCTORS OF THE 20TH CENTURY)」というシリーズ物がリリースされていた。そのVol.19がクレンペラーで、そこにベルリンRIASの録音が複数含まれている(あいにくと『英雄』交響曲は収録されていない)。伸びと広がりを感じさせる音質で、個人的には気に入っている。

今回採り上げるaudite盤の音質は、低音厚めのゴツくて重いサウンド。見通しが良いとは言いにくいし空間の情報は乏しい。スケール感みたいなものは分かりにくい。ただし、くっきり鮮明で生々しい。耳の当たりは優しくないけれど、音が張り出してくるようで、迫力がある。
これはこれで高音質と言えそうだけど、「GREAT CONDUCTORS OF THE 20TH CENTURY」の音質の方が好ましいかな。

* * *


これはクレンペラー渾身の『英雄』。おそらくは気心の知れたオーケストラであったろうベルリン放送交響楽団を前にして、クレンペラー濃度の高い演奏が繰り広げられている、と思う。
だから、クレンペラー贔屓としては持ち上げたいのだけど、いまいち人気の出そうにない演奏だ。

刺々しいまでのエネルギーに、造形はギンギンに引き締められている。血も涙もない感じに引き締められている。鉱物的な質感がある。感覚的愉悦につながる成分は皆無に近くて、聴き疲れする。

録音の質に加えて、オケの持ち味が影響しているのだろうか。演奏のアプローチとしては1955年のEMIへのセッション録音にかなり近い。あれもハードボイルドな演奏だと思うけど、フィルハーモニア管弦楽団の響きにはある程度明るさと柔らかさがあった。その点、ここで聴くベルリン放送交響楽団のサウンドはドライでハード。

ドラマ仕立ての高揚ではなく、音楽の一瞬一瞬に燃焼し続けようとでもいうような不撓不屈の姿勢があって、これはクレンペラーならではだ。でも行き過ぎかな。わたし自身、第三楽章あたりで聴き疲れた。

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