ジョスカン・デ・プレ Missa Pange lingua タリス・スコラーズ

  1. 2011/10/26(水) 21:00:00|
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1986年の録音。

全声部が中央に集まっているような響き方。演奏のコンセプトなのか録音の傾向なのかは判断しかねるが、一体として響きながらも個々の声部は鮮明に聴き取れる。

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わたしの中では、オケゲムの方がジョスカンより上だけど、もし人にルネサンス期のミサ曲の音盤を勧める機会があるとしたら、推すのはジョスカンの方。

技術的なことは分からないから脇に置くとして、イマジネーションを深く強く刺激されるのはオケゲムの音楽。ただ、オケゲムのミサ曲は高踏的と言うか、観念的と言うか、原理主義的と言うか、とにかく聴き手へのサービス精神は皆無。こちらが強く求めなければ果実を与えてくれない。

一方のジョスカンの音楽は演奏効果抜群。展開が明快で、表現のメリハリがハッキリしていて、音響の美しさが抜きん出ている。ダイレクトに感覚に訴えてくる力の強さではオケゲムを圧倒する。特に、今回採り上げるMissa Pange lingua(ミサ パンジェ・リングァ)の音響美は史上最強クラスではないだろうか。いや、それを判断する資格はわたしにはないけれど、これを超えるものを聴いた記憶はないし、想像できない(個人的な嗜好に過ぎないけれど)。音楽の宝石、と呼びたくなる結晶化された美しさ!

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ここでのタリス・スコラーズは、技術的な完成度と音響美を追求している。
透明で伸びやかなソプラノが演奏の色調を支配している。研ぎ澄まされた感覚と技巧。リズムはよく切れて、メリハリがハッキリしている。力強い部分はシャープで切れ味よく、柔らかい部分はしなやかに流れるように。

楽章別に見ると、キリエ、グローリア、アニュス・デイの3つは、この演奏の研ぎ澄まされた美質が威力を発揮していると思う。キリエ、グローリアの洗練された美しさには息を飲むしかない。アニュス・デイの演奏では、ジョスカンのイマジネーションに浸ることができる。

クレド、サンクトゥス、ベネディクトゥスの演奏も優れているけれど、楽章の性格からして、もうちょっと多彩にやってほしくはある。無垢で求心的なアプローチゆえに、削ぎ落とされた要素があるように聴こえる。

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現実のミサに立ち会ったことはないから想像だけど、この演奏は(典礼用としては)実用的ではないように聴こえる。儀式のための音楽としてではなく、コンサートの曲目として、鑑賞される音楽として表現されている。それっぽいのは教会っぽい残響豊かなサウンドくらい。

とことんすっきりとしたプロポーションとか、高域が強い音のバランスとか、鋭い切れ味とか、演奏の癖ははっきりしている。硬質な美しさとか洗練を極めた書法とかは体感できるけれど、それ以外の側面、たとえばスケールの大きさとか色彩感みたいなものは、聴きながら推測されるものの、音として実感できるほどではない。

でも、このミサ曲のとてつもない洗練を思い知らせてくれる演奏であることは否定できない。あるいは、このミサ曲の凄みのある部分は、このレベルの演奏でもってようやく本来の響きをあらわす、というべきか。