J.S.バッハ ゴールドベルク変奏曲 マレイ・ペライア

  1. 2012/09/28(金) 06:00:00|
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2000年のセッション録音。

反復の指示を励行したピアノによる演奏で、演奏時間は約73分。

表現力と音量でチェンバロを圧倒するピアノだけど、これはチェンバロのために作られた楽曲なので、ピアノで力一杯演奏してしまうと響が過剰になってしまう。そこで、たいていは、音がもたれないように軽いタッチで端正に弾かれることになる。
当然、軽みとか端正さは音楽の有り様にも映し込まれる。多彩、多様な楽曲だから、そういう味付けがハマる変奏はあるけれど、全曲を通すと微妙、というところか。

わたしはピアノによるゴールドベルク変奏曲をほとんど聴いていないので、上に書いたことは空想的な仮説に過ぎないのだけど、ペライアの演奏は上のイメージ通り。

ただ、この演奏では、軽みとか端正さが芸風としてうまく昇華されていると思う。チェンバロ風ではないけれど、ことさらにピアノ的味付けを感じさせることなく、知的に穏やかに語りかけてくるような調子。もろもろの要素が噛み合って、この演奏ならではの語り口を生み出している。

上品な雰囲気で穏やかだけど、洗練された感性と技術によってそうした空気が生みだされている感じ。運指とか全然淡々としていないし、(ピアノによるバッハ的表現という意味で)演奏様式に確固たるものがある。
上手さを上手さとしてひけらかさないで(ひけらかすことがダメとは思わないけれど)、自らのバッハ像の具現化に傾注してる印象を受ける。

ゴールドベルク変奏曲を「心地よい眠りに、穏やかに導いてくれる音楽」と捉えるなら、かなりいい線行っている演奏かもしれない(眠たい演奏という意味ではなく)。
わたし自身は、そういう曲とは思っていないのだけど・・・

J.S.バッハ ゴールドベルク変奏曲 ジョリー・ヴィニクール

  1. 2012/08/13(月) 16:11:11|
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2001年のセッション録音。

ヴィニクールは初めて聴く演奏者。1963年生まれの米国出身。1963年生まれというと、同年代(60年代前半生まれ)のチェンバロ奏者はアレッサンドリーニとかルセとかアンタイとか強者がそろっている。

作品の華やかな書法を描ききろうとするアプローチだけど、楽曲の実態を超えてアピールしてくるようなケレン味は感じられない。そのせいか華やかさには節度があって、インパクトは穏やか。

楽器の調整具合を含めて、繊細感のある音の出し方。軽快に音をはずませつつ、音が重なり合わないように細やかに揺らしたりずらしたりしながら、一音一音を軽やかにきらめかせていく。ていねいかつ精妙に音をコントロールしながら、音が自在に舞っているように聴かせる。賑やかな変奏であっても、ことさらに意識を集中させなくても、バッハの華麗な書法がくっきりと伝わってくる。

ディテールへのこだわりもあってか演奏時間は85分を超えるけれど、リズムは活き活きとしているし、表現にキレがあるので、必要以上に長さを意識させられることはない。

繊細志向だけに力強さはほどほどだけど、密度の濃い作品の書法を開放的に響かせるだけの懐の大きさは感じられる。
耳をすますうちに、ミニチュアの室内オーケストラでも聴いているような豊かさが広がってくる。楽曲の多様さ、多彩さを実感することができる。
これはなかなか優れものの演奏だ、わたしにとって。

J.S.バッハ ゴールドベルク変奏曲 スコット・ロス (1985)

  1. 2012/08/02(木) 22:26:59|
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1985年のライブ録音。放送用の音源。会場の空間が感じられる。場外の騒音がときどき混入する。
ちなみに、ロスは1988年(早すぎる死の前年)にこの曲をセッション録音している。



反復の指示を遵守しているけれど、速めのテンポで70分弱の演奏時間。
チェンバロの薄い音響による演奏だけど、聴き進むにつれて音楽がこちらに迫ってくるような心持ちになる(わたしの場合)。畳み掛けるような進行の中に、楽曲の桁外れの多彩さ、多様性がグッと凝縮されて迫ってくる感じ。単位時間当たりの密度が高くて、その集中と完成度は終始緩まない。

ただし、圧迫感のようなものはない。チェンバロという楽器の華奢な響きのせいもあるだろうし、勢いにのっているようでもロスは響きを完全にコントロールしていて、音楽の見通しは常にクリアだし、トゲトゲしい刺激音や和声の濁りなどは聴こえてこない。



ロスの解釈は、聴く限りごく真っ当に感じられる。目につく特徴は、弾むようなリズム、使用楽器のシャープできらびやかな響き、きびきびとした足取りと抜群の切れ味、というところだろうか。やっていることのひとつひとつが徹底されているから、演奏の個性はハッキリしているけれど、格別にかわったことはやっていないと思う。

畳み掛けるようなテンポで一貫しているけれど、明晰で切れのある表現によって、音のひとつひとつが活き活きと鳴らされるのみならず、バッハが狙ったであろう重層的な音の効果までがリアルに伝わってくるし、変奏毎の空気感の変化(ときに力強く、ときに格調高く、ときに静けさを、ときに・・・)も手際よく表現されている。この楽曲のエッセンスはもれなくすくい上げられている、と思う。

それでいて、活き活きとしてためらいを感じさせない演奏ぶりは、まるでロス自身の音楽を演奏しているかのような閾に達している、と思う。

J.S.バッハ ゴールドベルク変奏曲 グレン・グールド (1981)

  1. 2012/07/17(火) 16:21:23|
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1981年のセッション録音。2つあるセッション録音のうちの後の方。ピアノによる演奏。



表現力が乏しく(特に音の強弱)響きの痩せているチェンバロという楽器を豊かに鳴らすべく、バッハは密度濃く音符を配している。これをピアノで弾くとたいていは響きが過剰になってしまう。

しかし、グールドの弾くピアノは、音が締まっていて粒立ちがやけに良くて、響きのダブつきを意識させない。むしろ、グールドはピアノの性能を、バッハの書法を浮き彫りにする方向に駆使している。立体的に響かせて、音符一つ一つのニュアンスをクリアに表現している。
チェンバロとは似ても似つかないけれど、ピアノ臭さ(甘くて厚くて豊かな響き、みたいな)を必要以上に意識させないところは、個人的にはいい感じ。



インスピレーションが溢れ出てくるように変幻自在。チェンバロではありえない、音の強弱をダイナミックに鳴らし分ける表現だけど、特定の変奏が悪目立ちすることはなく、また各変奏のつながりはナチュラルで、全曲としてのバランスが保たれている。大きな括りとしては、この曲にふさわしい味わいと思う。

音楽の表情は多彩に変化するけれど、雰囲気に流れることはなく、音符たちを活き活きと脈動させることで形作っていく。多彩な音の連携に胸が躍る。演奏が進むにつれて、グールドの演奏意欲と表現力と技巧に圧倒されるような心持ちになってくる。

作曲家の指定と異なる楽器による、楽譜に指示された反復を実施しない演奏という時点で、作品を味わうことには値しない録音だけど、一音一音を突き詰めるように演奏されると、なにかしら楽曲のポテンシャルの発現を覚えずにはいられなくなる。
この演奏を聴きながら、グールドの表現力だけでなく、バッハの書法のすばらしさや発想の豊かさを改めて実感した。

J.S.バッハ ゴールドベルク変奏曲 グレン・グールド (1955)

  1. 2012/07/17(火) 12:09:57|
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1955年のセッション録音。2つあるセッション録音のうちの古い方。鮮明なモノラル録音。ピアノによる演奏。



バッハの作品には演奏楽器が判然としないものもあるようだけど、ゴールドベルク変奏曲に関しては、チェンバロ(ハープシコード、クラヴサン)のための音楽であることが明示されている。
ピアノはチェンバロと同じ鍵盤楽器だけど、内部構造には開きがあるし、何より聴いた印象は隔たりが大きい。

また、作曲者の反復の指示通りに演奏すると演奏時間は軽く1時間を超えてしまう。ここでは反復が実施されていない。演奏時間は40分弱。

おそらく、反復を励行しているチェンバロ演奏を聴くにはある程度覚悟が必要になる。本来は、そこそこ敷居の高い作品なのだと思う。
この作品の溢れ出てくるようなイマジネーションの豊かさを手軽に(?)楽しみたい、という願いに応えてくれるのがこの録音。



チェンバロは響きの豊かさの面でも、表現力の面でもピアノよりはるかに劣後する。バッハはそんなチェンバロの表現力の限界を乗り越えんと技巧を駆使している(ように聴こえる)。そんな音楽をピアノで演奏すると、音が過剰になる。
過剰さへの対処法として、大雑把に言って、透明かつ軽い響きで弾くか、音の粒立ちを磨き上げるか、の2方向が考えられる(わたしが勝手に考えているだけなのだけど)。実際の演奏を聴くと、二者択一という単純なものではないけれど。
この演奏は後者の典型のように聴こえる。というか、これだけ思い切りよく弾いて、それでも響きのだぶつきをまったく感じさせない。

ここでのグールドは、第25変奏を除いて畳み掛けるようなテンポと力強さで弾いている。活発な変奏では俊敏で鋭い打鍵がスリリング。
テクニックが切れているだけでなく、急速な中で音のコントラストがくっきりと表現されていて、痛快なくらいに小気味よい。上に書いた音の過剰さを、演奏の面白さとして活かしきっている感じ。これは演奏者の音楽性の高さなのだろう。



めくるめくようであり、かつ刺激的。一方、スケールの大きな構成美みたいなものは見えてこない。強烈な打鍵とは裏腹に変奏の一つ一つから受ける手応えも軽い。悪くとればノリで演奏しちゃっている感がある。深いところから迸しり出るようなノリではあるけれど。
グールドのパフォーマンスの強さには圧倒されるけれど、楽曲を好き放題にデフォルメした演奏と思う。

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