ブラームス 交響曲第3番 ムーティ / フィラデルフィア管弦楽団

  1. 2012/12/26(水) 06:00:00|
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1989年のセッション録音。物理的な特性も優れているけれど、それ以上にセンスの良さを感じさせる録音。サウンドを豊かにブレンドさせながら、混濁する感じがなくて、情報量が多い。



ブラームスの音楽が内面のドラマの表象である可能性を微塵も感じさせないで、複数の楽器が音をあわせてニュアンス豊かな響きを奏でるという意味での合奏の妙味で聴かせる。
そういう行き方への賛否はともかくとして、このアンサンブルの魅力と見事さは尋常ではないと思う。

とりあえず、録音を含めてサウンドが魅力的。乾いているけれど、精妙で豊か。華やかさと気品が両立されているような、曰く言い難い心地よさがある。そして、演奏のうまさは抜群。

合奏としてはとことん磨かれているけれど、提示される作品像はいたって平明。演奏の技量の高さは、楽曲の書法をくもりなく、にじみなく明解に提示することにも寄与している。
ある部分で割り切っているぶん、華やかではないけれど緊密で洗練されているブラームスの手腕を、ストレートに伝えてくれる、ように聴こえる。



こういう演奏の様式美を追求するタイプのアプローチは、表現の標準化の度合いが大きくなりがち。演奏途中でこちらに慣れが生じてしまうと、飽きないまでも、先の展開に対するワクワク感は減退する。
これも、そういう危険性のある演奏かもしれない。

でも、こういうレベルの高いアンサンブルは、ブラームスの音楽にとって大きな価値を持つと思いたい。

ブラームス 交響曲第3番 シューリヒト / シュトゥットガルト放送交響楽団

  1. 2012/12/09(日) 15:45:25|
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1954年のライブ録音。旧いモノラル録音ながら、放送局の正規の音源であり、また不自然にならない程度に、音の広がりを感じさせる効果が付加されていて、明瞭かつ臨場感がある。



分厚く量感たっぷりなブラームスに食傷気味になって、ピリオド楽器による演奏、小編成オーケストラによる演奏をいくつか聴いてみたけれど、往々にして、サウンドと一緒に味わいまで薄くなる感じがする。

そんな中、このシューリヒトの旧い演奏に手応えを覚える。
この指揮者が学究的な意欲をどの程度持っていたかは知らないけれど、聴く限り、内発的な表現意欲でもって、室内楽的で親密なアンサンブルを生み出している。
理論先行で音楽を型にはめる感じがしなくて、活き活きとして自由闊達。"解釈"とか"演奏様式"といったお堅い成分が完全にこなれて、"語り口"として昇華されているような。



現代楽器によるものでも、すべてのパートが聴き取れるような演奏は珍しくない。しかし、それらの多くは、各パートが均等ということではなくて、歴然と弦楽器優位のバランスになっている。
雄弁に歌いまくるヴァイオリン群に彩りを添えるように、低弦群のたっぷりとした量感の中に漂うように内声部が扱われる。

ブラームスは、パート間のバランスにおいて、弦楽器群の優位をある程度は意図していたような気がする。
要は程度の問題で、あたかもワーグナーやブルックナーの面影を求めるように分厚くやられてしまうと、ブラームス練達の書法が歪められてしまう。やたら重厚で濁ったサウンドに陥ってしまう。そういうのを"ブラームスらしさ"とは思わない。



シューリヒトの繰り出すアンサンブルでは、内声部と外声部のバランスが均等に近い。もっぱら、対等な重みを与えられたそれぞれのパートのコンビネーションによって音楽を織りなしていく。
もともとが渋くて低回的な第三交響曲の第二、第三楽章では、内声部を豊かに響かせるアプローチのメリットを特に感じる。起伏の乏しい楽曲だけど、各楽器が入れ替わり立ち替わりで音楽の色合いを移ろわせていく。

弦楽器の歌う特性を抑え込むことはないけれど、それらを突出させることもないから、量感たっぷりの演奏と比較すると、あっさりとして聴こえる。この録音で言うと、両端楽章は相対的に軽量級。スリムなサウンドとキビキビと進む足取りゆえに。
しかし、音の物理的な圧力や、大きな音を出す楽器の押し出しに頼らず、気迫溢れるアンサンブルで畳み掛けるこのやり方の方が、ブラームスの記した音符を活かしきっているような気がする。

両端楽章を肥大化させないことにより、4つの楽章のバランスはよくなっていると思う。この方が標準体型に近いんじゃないだろうか。



シューリヒトの耳の良さとか統率力を考えると、その気になればビシッと揃った合奏を引き出せそうだけど、おそらく彼はそういうものを最優先としていない。
アンサンブルの精度については、それが一定の水準を超えていたら良しとして、むしろ生命感とか多彩な表現を生み出すことに力を注ぐような。
これはライブ録音だし、整い、磨かれた演奏とは言い難いのだけど、それを補って余りある感興がある、と思う。感じ方は人それぞれだろうけど。



軽快感とか歯切れの良さの裏返しとして、湿り気とか粘り気みたいな性質が乏しくなっている。剛性感も乏しい。わたしの中のブラームス像に完全に一致するわけではない。
とはいえ、わたしにとって、この交響曲の特筆したい演奏であることにかわりはない。


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ブラームス 交響曲第3番 テンシュテット / ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

  1. 2012/11/23(金) 06:00:00|
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1983年のライブ録音。ディテールの鮮度はそこそこだけど、雰囲気がよく伝わってくる音質。



これを初めて聴いたときに湧いてきたのは、「テンシュテットは1980年代の初めのロンドンで、こんな素直なブラームスをやっていたんだなぁ」という妙な感慨。
小細工も山っ気もなく、ロマンティックな方向性で、まっすぐに思いを込めて演奏しているように聴こえる。

ブレンド感の強い、やや甘い響きながら、内声部を活かした密度の濃いアンサンブル。このあたりはテンシュテットらしさを感じさせるけれど、らしさがそのまま出ているだけで、ことさらの自己主張は感じない。
力強いけれど、必要以上に聴き手を煽ることはない。厚みと量感は相応にあるけれど、各声部のバランスは穏当に保たれている。表情たっぷりに歌わせるけれど、楽曲のフォルムは安定している。

テンシュテットの腕があれば、より色鮮やかでパンチのある表現ができるはずだけど、そんな素振りは微塵もなく、ただ楽曲に寄り添い、あるがままに任せるように演奏している(ように聴こえる)。
ロンドン・フィルの渋くてマイルドなサウンドが、ケレン味のなさを強めている。



何の変哲もない演奏と言えるのかもしれない。「これがテンシュテットのブラームスだ」みたいな主張はあんまり感じられなくて、ただブラームスの3番目の交響曲をきいているだけ、という感覚。

でも、やる気がないとかではなくて、「聴き手に作品を味わってもらえればそれで十分」という肚で演奏に臨んでいるような印象。
あるいは、ドイツ出身の演奏家として、正統を示そうとしているのか。

そういうことを、卓越した上手さを持つ指揮者がやっているところに値打ちがある、と思う。そして、こういうノリこそブラームスの音楽にふさわしいのかもしれない、と考えなくもない。

ブラームス 交響曲第3番 カラヤン / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

  1. 2012/11/01(木) 15:50:48|
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1960年のセッション録音。贅沢を言うと、低音の伸びる感じがもっと欲しいけれど、録音年代を考えると優秀。演奏のコンセプトと録音の質が一致している感じ。



音の輪郭は緩めだけど、各パートは鳴らし分けられていて、アンサンブルの線の流れが聴こえてくる。ベルリン・フィルとの演奏ほど、塊としての音響を操る感じがしない。
録音会場も、レーベルも、オーケストラも違うから、どこまでがカラヤンの狙いなのかは分からない。
いずれにしても、ウィーン・フィルのしなやかさとか甘い響きとかを、とことん引き出そうとする意志は伝わってくる。

量感は十分だけど、内声部が埋もれてしまうほど響かせることはない。
フレージングは柔らかいというか、いささかなよっとしているくらいだけど、しなやかな曲線美で魅せる。場合によってはムーディーに流れそうな表現だけど、オーケストラの深い艶のおかげで、ギリギリで踏みとどまっている印象。狙ってやっているとしたら、絶妙かもしれない。



印象論で言うと、この交響曲の演奏としては、軟派な部類に属すると思う。が、そういうこととは別に、扱いにくそうなこの交響曲の、一つの解答を鮮やかに示していると思う。

この交響曲は、激情的な両端楽章と、渋くて感傷的な間の二つの楽章との、バランスの取り方が難しいと思う、
カラヤンとウィーン・フイルは、アンサンブルが織りなす綾の美しさに的を絞ることで、つまり作品の書法重視のアプローチをとることによって、全曲をバランスよく聴かせてくれる。

両端楽章は、刺激性の強い音響よりも、アンサンブルの線的な運動性でもって激しさを表す。迫力面では一段劣るけれど、そういうのとは別方向で盛り上がる。
第2、第3楽章は、「これで輝かなかったら嘘でしょう」というくらいにアンサンブルを甘やかにしなやかに磨いている。
一見して渋いけれど、さりげない美しさを内包する、質実に作り込まれた古風で中規模の交響曲、として像を結んでいる。なかなか説得力のある作品像だと感じる。

甘ったるい口当たりへの好悪はありそうだけど、渋すぎるくらいの楽曲なので、これはこれでいいような気がするのだけど・・・