シューマン 交響曲第4番 フルトヴェングラー / ベルリン・フィル

  1. 2010/09/29(水) 02:47:32|
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1953年のスタジオ録音。モノラル録音ながら明瞭で、フルトヴェングラーのやっていることがよく伝わってくる。

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ライブ録音のような熱狂はないが、力強く、密度濃く、それでいてこの楽曲としては(おそらく)最大限に分厚くスケールの大きな表現。

骨太で強靭な高弦と分厚くゆるぎない低弦が音響の大柄な骨格を作り、他のパートは適宜前景に登場したり控え目に囃したり。よく言えば厚みと重量感のある、悪く言えば見通し悪く重苦しい音響。
シューマンのオーケストレーションは厚ぼったいけれど、この演奏の重苦しいサウンドは、フルトヴェングラーの音だろう。

あえて単純化して言うと、フルトヴェングラーは大きくて強靭な音を出せるパートを軸にして、徹底的に雄渾でドラマティックな表情を作り出している。
わかりやすくてカッコいいけれど、聴いていて、ある時点から違和感が芽生えてくる。けっこう好きな曲だけに。

第1〜2楽章あたりは無心で楽しめたが、第3楽章くらいに入るとマッチョな響きと威嚇的な表現が鼻につき始めた。
第4交響曲は、シューマンとしては情念の渦巻きを感じさせる音楽だけど、ベートーヴェンの『運命』などと違って、終始いかめしく、大げさな身振りで演奏してほしい楽曲ではない(作曲者自身、「緩やかに」とか「生き生きと」と指定していることだし)。

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彼のやり方は強烈に個性的だけど、楽曲をパフォーマンスの道具と割り切っているふうではない。作品への献身は感じないけれど、ものすごく真剣に入れ込んでいることは伝わってくる。聴くうちに、これも作品への愛情とか共感のひとつの形なのであろう、と思えてくる。
歪んだ愛かもしれないが、気持ちの強さは半端ないかも。

だから、ここに記録された音楽は真正なシューマン第4交響曲ではないと思いつつ、まがい物と決めつける気持ちにはなれない。

そういう勝手な妄想は別にして、フルトヴェングラーの創意と表現力に触れるだけでも、充分価値はある、と思う。