シューマン 交響曲第3番『ライン』 シャイー / ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

  1. 2012/11/30(金) 06:00:00|
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2006年のセッション録音。マーラー編曲版というのが謳い文句の交響曲全集から。



もともとオーケストレーションに問題が多いとされる楽曲だけに、マーラー編曲版を全面的、部分的に採用している演奏は多いようだ。それでもマーラー編曲版を強調するということは(表紙の中央にデカデカと刻印)、完全準拠の録音は希少なのだろうか。

いずれにしても、マーラーの編曲を味わうのにふさわしい演奏かというと、微妙なところ。シャイーの解釈の個性が強くて、演奏の特徴が版に因るのか、演奏者の解釈に因るのか判別が難しい。
シャイーの望む演奏をやり遂げる方便としてマーラー編曲版が採用されている、と考える方がしっくりくる。



浅めの呼吸で、きびきびと歯切れ良く音楽の流れを刻んでいく。フレーズのつながる感じよりも、変化をメリハリよく聴かせようとする。
この浅い呼吸とメリハリのために、「流動感を背景にさまざまな情景が巡っていく」みたいな感触は微塵もなくなっている。楽曲にまつわるイメージより、その書法のコントラストを活き活きと描き出すことに徹している感じ。
おそらく第五楽章以外は、良くも悪くも他とかなり違った風に聴こえるはず。

もともと『ライン』の渾名はシューマンが与えたものではないそうだから、ある種の情景を彷彿とさせるようなアプローチが正しいとは限らない。
とは言え、聴き手の想像力を喚起しそうな要素をバッサリと切り捨てての、快刀乱麻のアプローチは大胆。

作品の実像に迫るためにあえて標題性を拭い去ってみた、という感じではなく、シャイーらしさを強く打ち出している。その流儀を受け入れることができるなら、フレッシュなシューマン像を楽しめるかも。



シャイーのオーケストラ・ドライブは切れ味が良い。それでいて、メカニカルな感触は皆無。活き活きと健康的に躍動する。
外声部主体のバランスで、音像の見通しはそこそこだけど、明朗かつ落ち着いた色合いのサウンドは、耳に気持ちよい。


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シューマン 交響曲第3番『ライン』 ドホナーニ / クリーヴランド管弦楽団

  1. 2012/11/14(水) 12:47:09|
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1987年のセッション録音。



シューマンはオーケストレーションが不得手とされる。特にこの交響曲では、豊かなニュアンスを出すために積極的に音を重ねていることが、裏目に出ているように感じられる。

が、稚拙なものを稚拙なまま聴かされてもおもしろくない。シューマンが狙ったであろう本来の演奏効果に(想像上のものだけど)どこまで迫ってくれるか、というのが鑑賞ポイントの一つと思う。



ドホナーニは、颯爽とした足取りながら、高精度のアンサンブルと透明度の高いサウンドによって、この交響曲の書法を濁り無く響かせている。

このテンポでやってしまうと、一流どころであっても、混沌と響きがちなのではないかと思う。そこのハードルを軽やかにクリアしているところが、聴きどころではないだろうか。とても渋い聴きどころだけど。



音の出し方が軽くて、低音を緩く広がるように響かせているから、ディテールが克明に浮かび上がってくる、というのではない。サウンドのブレンド感を濁り無く聴かせる。

また、各楽器が持っている固有の音色を完全に取り除いて、全パートを均質に響かせようとする意志を強く感じる。よって、色彩感のようなものを感じない。

この響きが作曲者の構想に近いとは思わないけれど、楽譜に大幅に手を入れないで、このテンポで気持ちよく鳴らすために、こういう音作りは有効なのだと思う。



上のとおりサウンドの色彩感はないけれど、それ以外の点では活き活きとしている。控え目だけど、やるべきことをやってくれている。第四楽章あたりも、あっさり系のテイストだけど、開始とともに崇高な空気がフッと広がる。
造形としてはかなり締まっているはずだけど、軽くて鋭敏な発音とほどよい量感(重くならないけれど、薄くもならない)のおかげか、息苦しさや角張った感触は皆無。

他の演奏と比較するとあきらかに薄味だけど、色彩感の無さを除くと、とてもバランスよく聴こえる。もったいぶらずに、テキパキと手際よくさばくのが、作曲者の意図に近いのではないか、と思える程度には。

シューマン 交響曲第3番『ライン』 クーベリック / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

  1. 2012/10/21(日) 12:23:30|
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1964年のセッション録音。録音会場はイエス・キリスト教会で、響きは多めだけど、厚みと切れを感じさせる。リアルな音で録音の古さを感じさせない。
15年後にバイエルン放送交響楽団と再録音している。



シューマンのオーケストレーションのまずさはよく言われる。
わたし自身には、突っ込んだことを言えるほどの素養はないけれど、木管が多用されているにもかかわらず、その響きの過半が埋没していることを歯がゆく感じる。

そのせいかどうか、細かく表情を作り込むよりも、濁りのない豊かな響きと流れの良い展開で気持ちよく聴かせる、というアプローチをよく耳にする。
こういう楽曲のさばき方として理にかなっていると思うけれど、そういうのはちょっと物足りない。
(現場の苦労を解しない)一般消費者としてのわたしは、シューマンのオーケストレーションが下手だとしても、それを理由に安易にまるく収めないで、シューマンの脳内に響いていたであろう音楽に迫ってほしい。



クーベリックのこの演奏は、わたしの要求を相当程度充たしてくれる。

生真面目を通り越して、硬派な感じのアプローチ。角張った感触のアンサンブルで、キリリとシューマンの書法を浮き彫りにしている。各パートのバランスは均等に近くて、内声部の線的な動きを浮き上がらせている。
室内楽的な発想が感じられて、木管の線の動きが他の声部に劣らず大切に扱われている。一見、地味なのだけど、アンサンブルのコンビネーションに意識を向けながら聴くと、なかなか多彩な表現が繰り広げられていて、聴き応えがある。

バランスは室内楽的だとしても、オーケストラのサウンドは渋くてゴツい。ホールのよく響く音響特性があいまって、恰幅のある響きに仕上がっている。
それらのおかげで、ずいぶんドイツ風の面構えになっていて、いい方向に作用しているのかもしれない。

しかし、わたしのような聴き方からすると、録音会場がイエス・キリスト教会でなければ、そして後年のような両翼配置の演奏形態であれば、内声部がより克明に響いたであろうから、正直なところ口惜しい。

再録音では、抜けの良い録音になって、かつ両翼配置だから、物理的な音としてディテールはより鮮明に聴こえる。
ただし、解釈の質も変化していて、今回採り上げているベルリン・フィル盤を補完するような演奏ではないと思う。



わたしにとっては多彩で聴き応えのある演奏だけど、他の人にとってはどうなのだろうか。
豊かな響きとか、大らかな流動感とか、そういう心地よい成分は乏しい。それどころか、剛直に聴こえるかもしれない。また、クーベリックは耳のいい指揮者と思うけれど、色彩感覚は渋い。
質実剛健なドイツ風『ライン』交響曲、という具合に短評で片付けられなければいいのだけど。

シューマン 交響曲第3番『ライン』 バーンスタイン / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

  1. 2012/10/06(土) 23:19:05|
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1984年のライブ録音。

自然賛歌風に豊かに鳴らすでもなく、稚拙とされる厚ぼったい書法を解きほぐすでもなく、情念のドラマ風に熱く濃く表現されている。

もともとサウンドを整理して響かせることが不得手な指揮者だと思うけど、この演奏も然り。内声部は塊状で、目鼻立ちが分からない。分かりにくいだけでなく、どんよりとノイジーに響いて、広がりを欠く。
個々のパートに耳を澄ますと丁寧にやっているから、全体のまとめ方の問題なのだろう。

表情の付け方は熱く濃いけれど、情熱に任せた演奏というのではなく、じっくりと丁寧にやっている。
たとえば第3楽章では夢見るような、第4楽章では熱い祈りを思わせる主張の強い表現だけど、崩れたところはないし、全曲としてのバランスは保たれている。逆説的に、バーンスタインのバランス感覚の良さを認識させられるくらい。

ただ、サウンドがコントロールが緩いせいで、ハッと息を飲むような瞬間は訪れない。美音で塗りたくられたような演奏にはひいてしまうけれど、ここぞというところでは決めてほしい。ウィーン・フィルの各パートの音色は十分に美しいのだけど・・・

好き嫌いは分かれそうだけど、バーンスタインが提示する作品像はなかなかユニークだし、サウンドはあれだけど、熱っぽい"語り口"は雄弁。一歩引いたところで作品像を描き出す、みたいなスタンスとは正反対で、自らの嗜好とか自分が感じる楽曲の魅力とかをストレートに聴かせる。