ベルリオーズ 幻想交響曲 クレンペラー / ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 (1966ライブ)

  1. 2013/02/04(月) 06:00:00|
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1966年のライブ録音。こういう楽曲なのでモノラルであることは残念。色彩感は乏しい。しかし、歴史的録音としては聴きやすくて鮮明。オーケストラのやっていることは十分に伝わってくる。

ちなみにクレンペラーは1963年にセッション録音している。
演奏時間を比較すると、ライブ録音の方が第一、第二楽章はより長く、残る三つの楽章はより短くなっている。



冒頭から一貫して気合と集中力が漲っている。厳しい造形の中に過剰なまでの表現意欲が渦巻く、という構図。1950年代の峻烈さを偲ばせる(あの当時とは一味違うけれど)。
演奏会で取り上げる以上一所懸命に演奏するのは当然のことだけど、フランス産の人気曲が、クレンペラーにとってこんなにも入れ込める楽曲であることに、妙に感心してしまった。



堅牢に区画された造形の中に、リズムやフレーズを折り目正しく配していく。リズムの刻みには手応えがあるし、フレージングには芯がある。浮遊感とか、微弱音による繊細感などは皆無。本場の指揮者が気の利いた装飾として扱うような音符も、クレンペラーは克明に鳴らそうとする。
幻想交響曲としては容赦ないくらいに硬派で、ムードとか気分の表出はまったく期待できない。

しかし、この演奏は硬直的でも鈍感でもない。
造形は厳めしいけれど、リズムやアーティキュレーションは明解で歯切れが良い。楽曲のめくるめくような展開に振られることはない。呼吸と抑揚が深くて、かつ体重移動がドンピシャリなので、ダイナミックな躍動感を味わうことができる。
そして、各パートの線や点を克明かつ生々しく浮き彫りにしている。厚みを感じさせるサウンドだけど、分厚いなりに引き締まっていて、各パートの響きが被らないようにコントロールされている。
強奏はそそり立つような、深くえぐるような強靭な鳴りっぷりで、音響のダブつきを感じさせない。



作品の構成とか書法を浮き彫りにしながら、「ここは木管の動きがポイントだよ」みたいな感じで聴きどころをズバズバと指摘してくる。
クレンペラーの演奏は平たい明解さを指向しているのではなく、彼なりに楽曲に対する洞察や解釈を大胆に盛り込んでいて、変化に富んでいる。
ただし、洞察力が駆使される範囲はかなり限定されているというか、演奏を通貫する秩序が犯されることはない。



ノリとかムードを基準にすると異形の幻想交響曲ということになりそう。こんな幻想交響曲を聴かされて何がおもしろいのだろうか?

楽曲の構成とか書法を剥き出しにしてしまうようなデリカシーを欠く(?)扱いをされてもなお、ベートーヴェンやブラームスの交響曲がそうであったように、幻想交響曲は輝きを放つ、ということを実感できるのがおもしろい、個人的には。