シベリウス 交響曲第6番 ネーメ・ヤルヴィ / エーテボリ交響楽団 (1983)

  1. 2013/05/05(日) 21:19:11|
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1983年のセッション録音。1回目の全集から。



シベリウスの第6交響曲には、構成はあるとしても、構成美みたいものは感じられない。シベリウスならではのイマジネーションの世界に酔う、というのが素直な楽しみ方のような気がする。

でも、交響曲として作曲されている以上、ときには楽曲の構成を見通すような演奏でも楽しみたい。

ネーメ・ヤルヴィの1回目の録音を聴いて、この交響曲の十全かつ洗練された演奏と感じたことはないけれど、明解なサウンドに見通しのよい造形を追及しながら、シベリウスっぽい繊細さ、柔軟さ、軽やかさ、寒色系の響きなどなどを兼ね備えた表現に、好感を覚える。



この演奏の明解さは、響きをブレンドさせず、それぞれのパートの輪郭をくっきりと聴かせることによる。アンサンブルそのものはときに粗かったりするけれど、とことんすっきりと仕上げている。そのように聴こえるのに、録音の影響は大きいかもだけど。

また、歯切れのよいリズムに即して造形している感じで、たとえば第一楽章では、フレーズの曲線美に凝ったり、タメを作ったりみたいなことをしない。イマジネーションの一つ一つに耽ることなく、その推移を快速で描き出す。この楽章の演奏時間は目立って短い。

明解で見通しがよいというのを通り越して、素っ気無く感じられるかもしれないし、ブレンドされた響きにシベリウスらしさを見出す聴き手には物足りないかもしれない。

しかし、寒色系のクリアな響き、軽やかなリズム、繊細感重視のアンサンブルなんかに、この作品らしさへの考慮は十分に感じられる。
あいまいさを払拭すれども、即物的な処理は見当たらない。



ここにこの交響曲のすべてがあるとは思わないけれど、シベリウスに惹かれはすれど、のめり込むほどではない、というわたしのこの作曲家との距離感には合っているかもしれない。