ベートーヴェン 交響曲第3番"英雄" エーリッヒ・クライバー / ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

  1. 2010/11/30(火) 18:30:36|
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1950年のセッション録音。ディテールはかなり明解だが、音の輪郭を強調したような感じがある。ややきつめの音質。ただし、ホールトーンとは異質な感触ながら、柔らかみは備わっている。モノラル・ハイファイ録音というところか。

しなやかかつ強靭なベートーヴェン。フレージングは曲線的でスムーズに連動する。ただし、線の動きはタイトで弾性がある。アクセントは力強く弾力に富んでいる。息苦しさを感じるくらいの緊張感と覇気がある。
塊としての音の圧力によらず、アンサンブルの明解で緻密な連係において展開させていく。破格の筋力と推進力を込めながら、完璧にコントロールされていている。

気合が入って激しいわけでも、気分がのっているからしなやかなわけでもなく、周到な計算と練磨によるものと感じられる。すべてをひっくるめてクライバーの演奏様式なのだろう。
その統率力は半端なく感じられるけれど、指揮者の意志が強く出すぎて、音楽の自然な息吹みたいな感覚を受け取り難いかもしれない。指揮者のコントロールが厳しすぎて、息が詰まる思いをさせられるかもしれない。

各パートの鳴らし方とか、それぞれのバランスのとり方とか、ペースの作り方とか、正攻法で説得力がある。そして、すみからすみまで明解。
しかし、そんな中で、緊張感と気迫が突出している。両端楽章ではそれをプラスと受けとめる余地はあるが、全曲通すとちょっと異様な感じがする。

ベートーヴェン 交響曲第9番"合唱付き" : シューリヒト / パリ音楽院管弦楽団

  1. 2010/11/24(水) 00:48:15|
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1958年の録音。ステレオ録音もあるらしいが、聴いたのはモノラル録音。

19世紀に生まれて20世紀前半〜中葉に活躍した世代の指揮者たちの中で、わたしが聴いたことのある人物はごく限られるけれど、楽譜の読みの深さと、楽曲の方向性に沿った形での創意のすばらしさにおいて、シューリヒトはエーリッヒ・クライバーやクレンペラーと並ぶ特別な存在。
必ずしもこの3人が彼らの時代の最高の指揮者というつもりはないけれど・・・

シューリヒトは、「楽譜に忠実」をコンセプトにしている風ではない。しかし、作曲者への仁義をしっかり通している。楽曲のフォルムを崩さず歪めず、そして楽譜の音をもれなく明解に聴かせる。それを当たり前のようにやるので、堅苦しさや杓子定規な印象はなく、端整でありながら活気がある。
筋を通した上での演奏者の創意工夫は、我田引水にならず、楽曲の可能性の発現と聴くことができる。

シューリヒトは、音の重ね方、フレージングやアーティキュレーションに創意を発揮する。特徴的なのは、エネルギッシュで歯切れの良いアクセント。そして、各パートの音量が概ね均等であり、全パートが適材適所に役割分担しながら表現に積極参加していること。ある意味バロック音楽の器楽合奏風に、合奏の面白さ・楽しさで聴き手を引っぱって行く。
各パートの音量がそろっていることで、この世代の指揮者にしては軽快なサウンドと聞こえるが、そのぶん表情は多彩に変転するので、飽きないどころか一瞬一瞬から目を離せない。

シューリヒトのアプローチはごくごくまっとうなもので、読みの深さとか練度は超一流と感じる。シューリヒトの前では、テンポを大きく揺らすとか、大音響によるこけおどしなどは、言葉が悪いかもだが大道芸のように聞こえる。しかし、人気の裾野を広げたければ、大道芸も必要なのだ、たぶん。

* * *


シューリヒトのアプローチを考えると、オケには精緻なアンサンブルを求めたくなるが、パリ音楽院管弦楽団のアンサンブルはどちらかというと粗い。しかし、オケの技術の壁なのか、指揮者本人が必ずしも精確さに重きを置いていないのか、判断に迷う。
とはいえ、シューリヒトのやろうとしてくることが伝わってくるレベルの演奏にはなっている。

第1〜2楽章は、快速で歯切れが良い。しかし、密度の濃いアンサンブルと颯爽として自信に充ちた表情のせいか、軽さはない。
第1楽章のクライマックスでは激しく高揚して、オケをセーブしている気配はまったくないのに、各パートの丁々発止のやり取りやハモリ具合が表現としてはっきりと聞き取れる。古いモノラル録音にもかかわらず。どういう仕組みになっているのだろう・・・
第2楽章は、歯切れ良いアクセントは気持ちいいが、たとえば木管パート中心に聴いてみると、その芸の細かさに目を開かされる。

第3楽章はテンポが緩んで、想像よりロマンティクな表情。丁寧に歌いこまれている。しかし、粘っこさや陶酔感はない。自然で淀みがない。むしろパリ音楽院管弦楽団のキャラが加わって晴朗な印象。ただし、ホルンの音はこのオケらしいけれど、第九には微妙。

第4楽章は、鋭い切り込みで始まる。歯切れよく進行するが、テンポは堅固に安定していて、楽曲の大きさが自然に表れてくる。ことに合唱が加わって以降は、毅然として格調を感じさせる。
気合は十分だけど、演出臭はなくて、曲が立派だから演奏もそうなっているだけ、とでもいうような佇まい。第九の終楽章でこういう空気を出せるのは凄いと思う。

Autopoint 増殖中

  1. 2010/11/16(火) 16:36:47|
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相変わらずのピンボケだが、下の黒いのが新メンバー。All-Amerian JUMBOの3本目。


この黒の芯径は0.9mm。All-Amerian JUMBOが対応している芯径は0.9mmと1.1mmで、先行して入手した2本は1.1mm。この2本を気に入って常用しているけれど、芯に不満が。

純正の黒鉛芯にはH、HB、B、Mark Senseの4つの硬度が設定されている。わたしの書き方と好みからすると、Bは発色が弱く、Mark Senseは軟らかすぎる。Mark Senseはおそらく3Bか4Bくらい。

芯径が0.7mm以下なら軟らかい芯を好むが、それより太くなると事情は変わる。太くて軟らかいと発色はよくなるが、行き過ぎると黒鉛の色づきにムラが出始める。
また、発色が良いぶん筆圧を下げやすいものの、軟らかさゆえの抵抗感は高まる。発色に満足できるなら、ほどほどに硬い芯の方が抵抗なく滑る。
それと、1.1mmとか1.3mmの軟らかい芯の線の太さは、下手をすると2.0mmの筆記線と見分けがつかないくらい。実際、AutopointのMark Senseで書くと、線の太さは三菱uniの2.0mmの2B芯と同等以上。であれば、わたし自身は芯ホルダーの方を好む。

Autopointの1.1mm芯は正確には1.18mmで、これはアンティークのシャープペンシルによく採用される芯径らしい。特注品の1.18mm芯を販売しているショップを2つ見つけた。もちろん市販品と比べると割高だけど、所詮はシャープペンシルの芯なのでリーズナブルな価格。
とは言え、この選択肢は後に残しておく。わたしが使うのはアンティークのシャープペンシルではなく、現地価格にして300円台という、その自体が消耗品のようなシャープペンシル。市販品で気楽に使える道を模索してみる。

という経緯で、All-Amerian JUMBOの芯径0.9mmに手を伸ばした。芯径0.9mmなら国産の芯は充実している。All-Amerian JUMBOに興味を持ったのは1.1mmの芯径からだし、気に入っている理由の1つもそこにある。とは言え、書き味への影響は芯の方が大きいから、芯径に関して妥協してみた。
それを言い始めると、芯径0.9mmのシャープペンシル本体だって国内にいくつも出回っている。あえてAll-Amerian JUMBOを選択する合理的な理由は?と突っ込まれると、口ごもってしまう。回転繰り出し式をどちらかというと不便と思っているだけに、なおさら説明しにくい。今のところは、好みと言うにとどめておく。

1.1mmと0.9mmを並べて比較すると、想像するより差は大きい。1.1mmの方は、実質は1.2mmに近いとは言え。
書いてもこの差はなんとなく意識される。0.9mmにはシャープペンシル臭さ、尖がっているもので紙を引っかいている感触が残っている。1.1mmになると、引っかくというより、棒状のものを紙面にこすっている感触がより強くなる。ブラインドテストされたら迷いそうな微妙な違いだし、仮に差異を的確に判定できたとして、どうと言うことのない違いに過ぎないけれど・・・

* * *


ところで、All-Amerian JUMBOのアイボリー(画像の上)について、接続部分にわずかなグラつきがあることを以前の記事に書いた。他の2本に同様の問題は無い。
不良と言えるレベルのグラつきではないし、いずれにしても購入した米国の本社サイトとこの種のことでやり取りするのは面倒だし(送料>本体価格)、自分で対処してみた。
詳しくは説明しないが、接続面の片側に薄く接着剤を塗って硬化させ、クッションとして機能させてみた。接着剤の厚みの分だけわずかにすきまができてしまうけれど、グラつきは無くなった。
万年筆のペン先いじりに比べれば、気楽な工作だ。

個人的には一安心だけど、こんなことがあるので、人様には勧めにくい。

ベートーヴェン 交響曲第9番"合唱付き" : フルトヴェングラー / バイロイト祝祭管弦楽団

  1. 2010/11/14(日) 20:19:56|
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現時点で「バイロイトの第九」には2種あるようだ。長らく名声を博してきたEMIによる録音と、最近放送局から忽然とよみがえったバイエルン放送による録音。やっかいなのは、ともに「バイロイトの第九」を名乗りながら、演奏の中身が違っていること。
しかし、この問題には立ち入らず、長年「バイロイトの第九」として親しまれてきたEMI版を取り上げる。

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高名な演奏だが、「バイロイトの第九」が果たしてフルトヴェングラーの代名詞たる名演奏なのかは疑問。また、第九の模範的演奏と言えるのかは、さらに疑問。

特に第1楽章はパッとしない。力強い部分は気合が入っているようにも聞こえるが、弱音になると緊張感が持続せず、締まらない。クライマックスはそれなりに盛り上がるけれど、そこに至る道程が弱いので、圧倒されない。らしさに感心したのはコーダのおどろおどろしさくらい。
だいたい、この第一楽章は対位法的立体感を演出しないと面白くならないと思う。テンポを揺らしたり、タメを作ったり、爆音で聴き手を威嚇するのは、楽曲の格調を損なっていると思う。

第2楽章は、毅然と始まり、楽章全体に活気があるし、中間部は表情豊かで気に入った。普通にいい演奏だが、特筆すべき魅力はないと思う。

第3楽章は、主旋律の流れをクローズアップし、ゆったりと瞑想的に進行させる。フルトヴェングラーの自己主張が強く出ている。静かに回想に浸るかのような心地よさに聞き惚れてしまう瞬間はあるものの、19分も続くと飽きが来る。そんなに引っ張れるほど、この楽章は中身のある音楽ではない。
また、雰囲気はすばらしいけれど、言い換えると気分に流れていて、交響曲全体の中では浮いてしまっている。フルトヴェングラーが、全曲通してのビジョンを持って演奏しているかは、疑わしい。

さて、大規模な第4楽章。ここにきて、フルトヴェングラーの実力を実感。
テンポの緩急はあるけれど、総じて畳み掛けてくる感じ。
冒頭こそ粗さが目につくが、「歓喜」の主題を反復しながら高揚していく展開は滅多にないくらいに鮮やか、と感じる。
独唱と合唱が加わって以降は、オーケストラ・歌唱陣が一体となっての高揚が圧巻。特に合唱は迫力満点。各変奏ごとの表情変化が明確で、ドラマティックかつわかりやすい。そもそもこの楽章の変奏は、見事ではあるけどそんなに面白くないから、この演奏のようにメリハリをつけてくれた方が楽しめる。ドラマティックでわかりやすいのがフルトヴェングラー最大の魅力だろう。
全身全霊を込めての盛り上がりは凄いのだけれど、わたし自身がその勢いに持っていかれるかというとそんなことにはならない。上に書いたとおりそんなに面白味のある変奏ではないと思うのだけど、だからと言ってこんな風にノリとパワーで押し切られてしまうのは物足りない。まがりなりにも楽聖の到達点を聴くのだから、表現としての(≠音響としての)深さとか奥行きが欲しくなる。

全体的に、録音のせいもあってかスケール感はほどほどだが、フルトヴェングラー特有のうねる感じはある。
オケはけっこう粗いけど、技術的問題というより、指揮者との意思の疎通が不十分なのかもしれない。

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フルトヴェングラーのアプローチは、晩期ベートーヴェンならではの書法に深く入り込まず、自分流のわかりやすくドラマティックな表現に徹している。
やっていることは演奏効果重視の俗っぽいアプローチだけど、この人のがやると不思議と安っぽく聴こえない。芸格の高さということか。

第4楽章での数々の効果的な大見得はさすがで、ぜひとも自分で耳でそれらを確認して欲しい演奏ではある。

ベートーヴェン 交響曲第7番 ワインガルトナー / ウィーン・フィル

  1. 2010/11/07(日) 15:06:02|
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1936年の録音。予想したよりずっといい音で、十分に演奏を楽しめる。それなりの情報量を持った録音のようだ。
ワインガルトナーの実演の音を聴いたことはないが、艶のある美音を想像させられる。それを実感できるほどの音質ではないけれど、そういう気配は伝わってくる。



全般的に、音響は艶やかで肉付きがよく、表現は品よく洗練されていて、場面ごとの表情の変化を明解に聞かせてくれる。
テンポは小刻みに変化するけれど、音楽の抑揚の変化に沿っているので、不自然な印象はない。というより、そうすることによって音楽を積極的に息づかせている。

壮大指向ではないけれど、それなりに恰幅はよく、作品の柄の大きさは実感される。

音楽をスムーズに流しながら、一点一画を疎かにせず、むしろ表現の密度は濃い。
顕著なのは中間の2つの楽章。第2楽章の主題やを第3楽章トリオの部分ではオケをじっくりと歌わせる。しつこくはないけれど濃口。
終楽章は、煽り高ぶるようなそぶりはないけれど、表現の密度を保ったまま爽快に、たくましく盛り上がっていく。貧弱な録音込みで圧倒的とは言いがたいものの、欲求不満は残らなかった。

目立つような何かをやっているわけではないけれど、音楽のすみずみまでワインガルトナーのテイストが浸透していて、聴後の手応えは大きかった。