バッハ 管弦楽組曲第1番 ベイヌム / アムステルダム・コンセルトヘボウo

  1. 2011/11/12(土) 19:05:00|
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1955年のモノラル録音。
PHILIPSへの録音。以前取り上げたブラームスの交響曲第1番のDECCA録音と比較すると弦の響きはマイルドに聴こえる。艶消しされたような響きながら、細かいところまで聴き取れる。

ロマン派とか近代の作品で名演奏を繰り広げながら、バッハをも手がける指揮者は数いれど、この管弦楽組曲第1番をセッション録音した指揮者は少ないようだ。今思いつけるのはベイヌム、マゼール、クレンペラーくらい。知らないだけで、他にもいると思うけれど。



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ベイヌムなりのバロックっぽい響きへの配慮は聴かれるけれど、基本的に楽曲の構成とか書法を突き詰めたところで演奏しているようだ。舞曲っぽい愉悦は無いに等しく、序曲なんかは交響曲の1つの楽章のように手応えがある。

ロマン派以降の複雑で大規模な音楽を切れ味よくさばく指揮者が、同じやり方でバッハの音楽に対面している。手加減しないで、音楽を丸裸にしている。ロマン派風に厚化粧されたバッハ像とは一線を画している。
バッハの作品の真価を知る上で、ときには、異なる時代の作品と同じ土俵で聴き比べるのもいいと思う。

優れたピリオド楽器演奏が数多くあるから、どんな音楽かを知りたければそちらを聴いた方がいいと思う。でも、そればっかりだとクラシック音楽は骨董品になってしまうかもしれない。

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各パートの音のバランスと縦の線はそろっている。個々のパートを聴くと、弦にはしなやかな曲線美があるし、木管、金管は軽やかで柔らかみがある。
しかし、音は汚い。わたしの耳にはこの指揮者のウィーク・ポイントのような聴こえる。

仮にそうだとしても、この長さの楽曲で聴き苦しさを覚えるレベルではないかもしれない。サウンドの心地よさを期待しにくい、というのがせいぜいか。


バッハ 管弦楽組曲第1番 リヒター / ミュンヘン・バッハ管弦楽団

  1. 2011/11/10(木) 06:00:00|
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1960〜61年のステレオ録音。
奥行きを感じ取りにくいが、明解な音質。

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これはモダン楽器による演奏だけど、使用楽器・奏法とは別にしても、リヒターの色に染められたバッハだ。けっこう偏向している。

リヒターとフルトヴェングラーが似ているとは思わないけれど、強い音を出せる弦群を前面に出してダイナミックに演出する手法は共通する。
リヒターは弦群を押し出し、高弦部によって格調高い折り目正さを、低弦部によって荘重な安定感を演出している。楽曲の性格上木管の活躍は目につくけれど、弦群が基盤を作り、木管群は主に音楽に陰影とか色彩をもたらす働きをしている。

この演奏には求心的かつ正攻法っぽい雰囲気があるけれど、その雰囲気こそがリヒターによって演出されたもの、と思う。


管弦楽組曲第1番で言えば、全体に、おそらく作曲者が意図していないであろう荘厳さやシリアスな色調が付加されている。弦がとりわけ雄弁な第1曲目(序曲)や第4曲目(フォルラーヌ)あたりはそうとうに人工的に聴こえる。
リヒターにとっての「こうあってほしい」音楽に作り変えられている。

が、才気にモノを言わせて好き放題やっているようには聴こえない。リヒターの中に切実なバッハ観、作品観があって、楽曲をその色に染め上げている。それは受難曲などで聴かれるシリアスさに特化した限定的なバッハ像のように聴こえる。

第1組曲は4つの組曲の中でも舞曲っぽい軽快感や愉悦にあふれているはずだけど、この演奏では荘厳さや格調が支配的。しかし、アンサンブルそのものは俊敏で明快で変化に富んでいる。サウンドイメージが鮮やかで、かつ刻々と小気味よく変化していく。
そして、ミュンヘン・バッハ管弦楽団は、モダン楽器を歯切れよく鳴らしながら、音のダブつきを感じさせない。